《ビアズリーの本物とは?挿絵作品の見分け方と価格ガイド|専門ギャラリーが解説≫

1. はじめに──なぜ「本物のビアズリー」はわかりにくいのか?
オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley, 1872–1898)は、19世紀末の英国を代表する耽美主義のイラストレーターとして、現在も根強い人気を誇ります。緻密で毒気をはらんだ黒一色の線描は、日本の浮世絵や装飾写本、アール・ヌーヴォーの先触れともいえる独自の世界を築きました。
なかでも、オスカー・ワイルド『サロメ』の挿絵や『アーサー王の死』の連作はとくに有名で、日本でも多くの復刻版やアートグッズが流通しています。
しかしながら、ビアズリーの作品はその版画技法・出版媒体・初版と再版の判別が非常に難しい作家でもあります。以下のような理由から、「これは本物なのか?」という疑問を抱かれる方が後を絶ちません:
- 線画のため、複製が非常にしやすい
- 初版と後年の刷りが見た目ではほとんど区別がつかない
- 書籍の挿絵や雑誌のページが切り取られて単体で出回ることが多い
- 「1900年頃」と記されたものでも初版でないことがある
こうした曖昧さにより、コレクターズアイテムとしての価値を正確に見極めるためには、確かな知識と判断材料が欠かせません。
本ページでは、当時に刷られた本物のビアズリー作品を見分けるための基本知識と、ジャンルごとの価格帯の目安を、専門ギャラリーの視点からご案内いたします。
2. ビアズリー作品の種類と媒体
ビアズリーの作品の多くは、「原画」ではなく印刷媒体(書籍・雑誌)を通して広く流通しました。
そのため、彼の「本物」を手に入れるということは、一般的に当時刊行された書籍・雑誌・画集などに掲載された印刷物=オリジナルの版(初版)を所蔵するという意味になります。
ここでは、その代表的な媒体を分類してご紹介します。
① 書籍挿絵(Book Illustrations)
ビアズリーの代表作の多くは、特定の文学作品のために描かれた連作挿絵として知られています。
- 『サロメ(Salome)』1894年 英語版
オスカー・ワイルドによる仏語戯曲の英訳版。12点の挿絵+扉絵をビアズリーが担当し、その耽美的な線描と性の暗喩表現で一躍名声を得ました。 - 『アーサー王の死(Le Morte d’Arthur)』1893–1894年
最も大規模なプロジェクトで、計350点近くの挿絵を手がけた一大連作。オリジナルは豪華装丁で限定部数として出版されました。 - 『ヴォルポーネ(Volpone)』『アリストファネス集』など
晩年に近づくにつれ、より実験的で幻想的な構成が増していきます。
これらの作品は、初版書籍から切り離されたページ単体で出回ることも多く、それゆえに「どの刷りか」「どの版からの抜粋か」を見極める目が必要になります。
② 雑誌掲載(The Yellow Book / The Savoy)
ビアズリーは19世紀末の前衛雑誌にも大きな足跡を残しました。
- The Yellow Book(イエロー・ブック)
1894年〜1897年に発行されたアール・デコ志向の文芸誌。ビアズリーは創刊号の表紙を飾り、編集顧問も務めました。 - The Savoy(ザ・サヴォイ)
ワイルド事件後の1896年に刊行された短命の芸術誌。より退廃的で個人的な表現が多く、ビアズリーの後期スタイルを見ることができます。
これらは当時の印刷物そのままの状態で出回ることもあれば、雑誌から切り抜かれた挿絵だけが額装されて販売されることもあります。
③ 画集(1899年追悼版・20世紀の再編集版)
ビアズリー没後、ジョン・レーン社などからビアズリーの作品を集めた画集がラインブロックで制作されます。この画集等から切り出された印刷物は、現在も「入手できる本物」として人気があります。
そのため現在流通しているビアズリーの本物といわれている版画はほとんどがこれにあたり、ヴィクトリア&アルバート美術館なども所蔵し、展示しています。
なお、1950年代以降に刊行された**再編集版の画集(ファクシミリや復刻本)**も多く流通しており、それらと当時の初版を見分けるには注意が必要です。
補足:原画(オリジナルドローイング)は美術館所蔵が中心
ビアズリーの「原画」(ペンによるドローイング作品)はほとんどが大英博物館、ヴィクトリア&アルバート美術館、個人の大コレクションなどに収蔵されており、市場には出回りません。
したがってコレクション対象となるのは、彼が関与した当時の印刷物=リプロダクションとしての初版です。
3. 本物の見分け方──5つのチェックポイント
ビアズリーの作品は、線の明瞭さと複製のしやすさゆえに、一見するとどれも「本物」に見えてしまうのが特徴です。
しかし、実際の収集市場では「初版」や「当時の印刷」と、それ以降に出た複製・再版・復刻本では美術的価値・希少性・価格に大きな差があります。
ここでは、当時に制作された「本物のビアズリー作品」を見分けるための、基本的なチェックポイントを5つに整理してご紹介します。
① 出版年と出典媒体を確認する
最も大切なのは、いつ・どこから出版されたものかを確認することです。
- 『サロメ』(1894年 英語版)や『アーサー王の死』(1893–1894年)のような初版書籍
- 『イエロー・ブック』や『ザ・サヴォイ』といった19世紀末の雑誌
- ジョン・レーンなど、ビアズリーと関わっていた出版社の画集
これらの出典が明記されているか、あるいは実物の装丁や扉ページが伴っているかどうかが、判断の重要な手がかりになります。
② 印刷技法を見る(ラインブロック / 木口木版)
当時のビアズリー作品は、**木口木版(wood engraving)やラインブロック(line block)**といった細密な印刷技術で再現されています。
- 線の1本1本がシャープで、点描のようなズレがない
- 現代印刷のようなCMYKのドット模様が見られない
- インクの乗り方が均一で、にじみやムラのない仕上がり
このような特徴は、拡大して比較すると明確に違いが分かるため、プロはルーペやスキャナを用いて確認します。
③ 紙質とサイズ(現代印刷との違い)
当時の出版物には、現在では手に入らないような厚みのあるコットン紙・手漉き風の質感の紙が用いられています。
また、サイズもオリジナル媒体ごとに規格が異なっているため、寸法で判断できるケースも多いです。たとえば:当時の版画サイズである、約30×20㎝かなど。
一方、現代の複製はA4サイズやポストカードサイズに縮小されていたり、光沢紙が使われていることが多いのが特徴です。
④ 裏面の有無と本文との関係
特に挿絵ページや雑誌ページを切り取って販売する場合、裏面に文字や本文が印刷されているかどうかも判断材料になります。
- 「裏面に文章が印刷されている」→ 多くは当時の出版物からの抜粋
- 「裏が真っ白」「厚紙に貼られている」→ 現代の複製や再構成本の可能性あり
また、文章の流れや見出しと対応している場合は、挿絵として本来の文脈に沿っていた証拠でもあります。
⑤ 来歴や記録のあるものを優先する
もっとも確実なのは、**出典・年代・出版元が明記された証拠(書籍の扉ページ、雑誌の巻号表示など)**が付属していることです。
- 美術館や文献で掲載された作品と一致するもの
- 信頼あるギャラリー・オークションで扱われた記録(プロヴナンス)
リボリアンティークスでは、これらの確認事項にも注意を払っています。
4. 偽物や複製に注意すべきポイント
ビアズリー作品は、その明確な黒線と高い複製性ゆえに、現在でもさまざまな形式で「サロメの挿絵」や「ビアズリー風ポスター」が販売されています。しかし、そのすべてが美術的・収集的価値を持つ「本物」というわけではありません。
ここでは、特に注意すべき代表的なパターンを紹介します。
① モダン・グラフィック化された現代印刷物
ビアズリー作品の多くは、そのインパクトのある構図ゆえに、現代のポスター・アートブック・雑貨デザインに頻繁に流用されています。
- 額装済みで販売されているが、光沢紙にインクジェット印刷
- サイズが小さすぎたり、周囲のマージンがなくトリミングされている
- 出典や制作年の明記がない
→ こうしたものはあくまで「デザインとしての再利用」であり、美術品としての価値・希少性はありません。
②「額装されたビアズリー挿絵」だが出典不明
近年よく見られるのが、ビアズリーの挿絵を単体で額装して販売しているケースです。
- 本から切り取られた可能性はあるが、どの書籍からか分からない
- 裏面が白紙 or 厚紙に貼られているため、印刷年代を判断できない
- 現代の再編集本から切り抜いたものを「アンティーク風」として販売する例も
→ 額装の美しさに惹かれてしまうこともありますが、出典不明=価値不明となりやすく、収集品としての安定性は低くなります。
③ 再編集版画集(1950年代〜現代のリプリント)
特に注意すべきなのが、**20世紀中盤以降に刊行された「ビアズリー全集」や「ファクシミリ集」**です。
- 例:1960年代のペーパーバック画集/1990年代の復刻ポートフォリオ
- 印刷技術の進化で画質は高いが、当時のオリジナルではない
- 「初版風の表紙」「限定部数ナンバー付き」などで誤認を誘う場合も
→ 見た目は似ていても、当時の紙・版・出版背景が異なれば、美術市場での価値はまったく異なります。
④ オークションサイト・フリマでの「真作」表記
- 「1900年頃のものです」「実家の蔵にありました」「真作と聞いています」など、根拠のあいまいな商品説明
- 再販目的での転売により、出典がどんどん不明確になる
→ ビアズリーのように“見た目で偽物と断定しづらい作品”だからこそ、来歴の確認が重要です。
まとめ:出典・技法・年代が「語れる作品」を
「この絵、美しいけど、いつ刷られたものなの?」
「どの書籍に収録されていたの? どうやって世に出たの?」
こうした問いに作品自身が答えられるような“根拠ある物語”を持ったものこそが、本当の意味での「本物」であり、美術としての価値を持ちます。
リボリアンティークスでは、こうした曖昧さを払拭した上で、確かな作品のみをご案内しています。
5. ビアズリー作品の価格帯【参考例】
ビアズリー作品の価格は、その出典・出版年・保存状態・技法・来歴によって大きく異なります。
また、作品単体での販売(切り抜き)か、書籍・雑誌のままか、額装の有無によっても相場は変動します。
ここでは、ジャンルごとの目安として参考価格帯をご紹介します(リボリアンティークスや海外市場の実例をもとに構成)。
| 種類 | 価格帯の目安 | 特徴・備考 |
|---|---|---|
| 初版書籍(Salome, 1894) | 50万〜150万円超 | 初版・限定部数(500部)・扉絵完備・状態良好なら高額 |
| 画集の挿絵 | 2万〜40万円 | 《イゾルデ》《オリエント風人物》《ダンサーの褒美》等 |
| 『The Yellow Book』等雑誌 | 3万〜20万円 | 号によっては入手困難/状態・巻頭絵か否かで変動 |
| 書籍挿絵の単体ページ | 1万〜20万円 | 『アーサー王の死』など。カット抜きは安価になりがち |
| 後年の復刻版/複製品 | 1千〜1万円 | デザインポスター・グッズ・雑誌再編集版など |
● 高額になりやすい条件とは?
- 初版/限定部数の出版物であること
例:『サロメ』(1894年 英訳初版)は限定500部のため、装丁完備・破損なしの個体は希少。 - 図版の状態が良好であること
シミ・破れ・色褪せのない美品は市場で評価されやすく、額装するとさらに価値が高まる場合も。 - 図版の人気が高いこと
特に『サロメ』の中でも《クライマックス》《ダンサーの褒美》《父の亡霊に従うハムレット》などは収集人気が高く、高値がつきやすい傾向にあります。
● 手頃に本物を楽しめる価格帯も
- 初期の画集や『アーサー王の死』からの挿絵ページは、5万〜8万円以内でも十分良品が見つかります。
- 小さなサイズで構成された挿絵や書籍の断片的なページは、1万円前後から楽しめる収集入門編としておすすめです。
● 額装と価格の関係
- 専門ギャラリーでの額装付き商品は、作品の保存性や展示性を高めるぶん、2万〜5万円程度の上乗せがある場合もあります。
- ただし、リボリアンティークスでは額装のクオリティに応じた適正価格でご提供しております。
6. リボリアンティークスの取り扱いについて
リボリアンティークスでは、オーブリー・ビアズリーの作品においても、制作当時に刷られた本物の印刷物のみを厳選して取り扱っています。
その線の冴え、紙の質感、背後にある文化的背景──そうしたものまで丁寧に読み解きながら、**「美術品としての価値が語れる作品」**をご紹介しています。
● 技法・出典・制作年を明記した信頼のある情報提供
当ギャラリーでは、以下のような情報を商品ページに明示しています:
- 作品タイトルと制作年
- 出典媒体の明記
- 技法とサイズ、裏面の印刷有無
- 刷りの判定根拠、保存状態、付帯情報(額装・付録ページなど)
これにより、「本物かどうか」のご不安を解消し、安心してコレクションを始めていただけるよう努めています。
● 初心者でも楽しめる、手の届く本物たち
ビアズリー作品は、たとえば画集からの挿絵などであれば、手頃な価格帯で美術品としての“本物”を楽しむことが可能です。
また、価格だけではなく、「どの図版が人気か」「どのテーマを揃えていくと楽しいか」など、収集のストーリーを一緒に考えるサポートも行っています。
● 額装オプションもご用意
ご希望に応じて、下記のような高品質な額装を施すことが可能です:
- 美術館仕様のアーカイバルマット
- 紫外線カットアクリルガラス
- 裏面に来歴や作品情報を記した証明ラベル
額装付きでご購入いただくことで、そのまま飾ってお楽しみいただけるだけでなく、保存性・鑑賞性が飛躍的に高まります。
● ご不明点には丁寧にお応えします
「これは初版ですか?」「どこから出版されたものですか?」といったご質問には、ひとつひとつ文献と照らし合わせながらご説明いたします。
店頭・オンラインともに、作品との出会いを信頼のあるものにするため、文化的背景まで踏み込んだご案内を心がけています。
7. おわりに──美しい“死と装飾”を手元に
オーブリー・ビアズリーの描く線は、どこまでも冷たく、どこまでも官能的です。
病と闇を抱えながら、わずか25年の生涯で彼が残した作品群には、退廃の美と装飾の戯れが、奇跡のようなバランスで同居しています。
その線は、19世紀末の文学者や思想家、芸術家たちの心を震わせ、そして100年以上を経た今なお、私たちに語りかけてくるのです。
● 複製ではなく、「時代の記憶」に触れる
本物のビアズリー作品──
それはただ線を写した印刷ではありません。当時の紙に刷られ、19世紀末の空気を吸い込みながら、誰かの本棚に、誰かの書斎にあったかもしれない一枚。
それをいま、私たちの手元で見つめるということ。
そこには、ただの鑑賞を超えた、「時間と美の共犯関係」があります。
● 静かに、確かに、美とともにある暮らし
どこかに飾られた小さな挿絵。
ふと目を向けたとき、そこにひとさじの毒気と、ひとしずくの沈黙があったなら──
それは、あなたの暮らしのなかにビアズリーが生きている証です。
リボリアンティークスでは、そうした芸術との出会いを、皆様にお届けします。
本物の線がもつ力を、ぜひ一度、手にとって感じてみてください。