パリの街角に咲いた芸術──オルセー美術館《L’art est dans la rue》展を見て

2025.06.10

路上に貼られた夢、都市に宿る詩情。

2025年5月、パリ・オルセー美術館にて開催された企画展《L’art est dans la rue(芸術は街にある)》を訪れました。そこに広がっていたのは、19世紀末から20世紀初頭のパリの街角に、まるで“咲くようにして貼られた”ポスターたちの美の系譜。

館内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのはミュシャの≪メディア≫。
その視線に導かれるように進むと、実物大のモリス広告塔が姿を現します。
スタンラン、ロートレック、ミュシャのポスターが貼られたそれは、街角の記憶をそのまま館内に移したかのようで、これから始まる特別な空間への静かな高まりを感じさせます。

展示室の入り口でまず目を引いたのは、スタンランによる大型ポスター≪La Rue≫(1896年)。
群衆のざわめきと都市の陰影が濃密に描かれたその一枚は、まさに「芸術は街にある」という展覧会タイトルを体現する作品として据えられていました。
図録の表紙にも選ばれており、この企画全体の象徴として、静かに来場者を迎えています。

展覧会の舞台は、芸術家たちが街をキャンバスに変えた時代。印刷技術の革新とともに誕生したポスター芸術は、単なる広告ではなく、大衆と芸術を結ぶメディアとなり、都市の風景そのものを塗り替えていきました。

展示は劇場、アルコール、タバコ、ビスケットなどのテーマに分かれ、ジュール・シェレ、ロートレック、ミュシャの作品が所狭しと並ぶ。リボリアンティークスで取り扱う作家の作品も多く見られ、とりわけキャバレーを扱うコーナーでは、「シャノワール」やアリスティッド・ブリュアンとともに、スタンランの視点が中心に据えられていたことが印象的で、スタンランの描いた群像が、都市の表情そのものとして再解釈されつつあるように思われました。

オルセー美術館《L’art est dans la rue》展の風景
芸術は街にある

第1章:ジュール・シェレ──都市の装飾家

展覧会の冒頭に配置されていたのは、ポスター芸術の父ジュール・シェレ。

彼の作品には、軽やかに舞う女性像と、空間を埋める装飾文字、そして色彩の華やかさがあります。パリの街に幸福感を撒き散らすように描かれた彼のポスターは、まさに“路上に咲いた花”のようでした。

シェレが描いたのは商品広告でありながら、観る者を愉しませる喜びに満ちています。芸術と大衆、そして都市との調和。その理念が、この展覧会の出発点となっていました。


第2章:ロートレック──夜のポスター、都市の肖像

ムーラン・ルージュ、踊り子ラ・グーリュ、詩人アリスティド・ブリュアン──

ロートレックが描いたのは、都市の夜に浮かび上がる“匿名の記憶”です。

大判のポスターが並ぶ空間では、まるで壁そのものが舞台装置になったかのように、ロートレックの作品が息づいていました。

大胆な省略、強い輪郭、そして白と黒の余白。街頭の視線に耐えるための造形が、逆に芸術としての純度を高めているようにも感じられます。


第3章:ミュシャと〈様式〉の誕生

ミュシャの登場により、ポスターは「視線を奪うデザイン」から「様式としての芸術」へと昇華します。

女性像の髪の流線、円環構図、花と幾何学の融合。

一枚の紙の上に、夢と神話と装飾が結晶化したような彼の作品は、もはや広告というより“都市に貼られた祭壇画”のようです。

展覧会では《ジスモンダ》や《ジョブ》といった代表作が展示されていましたが、その存在感は、まさに現代のデザインに続く視覚言語の原点だと再認識させられます。


第4章:スタンラン──群衆の中の猫たち

壁一面に展示された新聞挿絵とポスター。そこにいたのは、パリの街に生きる名もなき人々と、猫たちでした。

スタンランの描く世界は、美化されない現実のスナップでありながら、どこか温かいぬくもりを感じさせます。

《シャ・ノワール》のポスターや『ジル・ブラス』紙の挿絵は、ポスターが“都市の言葉”であることを静かに物語っていました。

猫は風刺であり、ユーモアであり、都市そのものの気配なのかもしれません。


最後に──街に宿る芸術の記憶

その他にもマネの「猫」やカッピエッロの新しいアール・ヌーヴォーともいえる軽やかなポスター、そして第一次世界大戦に向かいポスターのトーンが全くかわる様を展示するなど、
この展覧会は、単にポスターを並べただけではありません。都市そのものを再構築し、鑑賞者に「街のなかにこそ芸術はある」と気づかせる空間でした。

そしてそこには、今なお変わらぬ問いが響いている。

──芸術とは、誰のために、どこに存在するものなのか?

19世紀末のパリに咲いた紙の芸術たちは、その問いのひとつの答えとして、今日の私たちに「路上の夢」を差し出してくれてます。

なお、美術館内のレストランでは、本展にちなみ、ジュール・シェレのポスターにも描かれたリキュール≪デュボネ≫を使ったカクテル≪ザザ≫が特別に提供されています。
展覧会の余韻を、味覚でも静かにたどるような、ささやかで洒脱な演出でした。

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芸術が街に宿った時代の記憶を、ページをめくりながら辿っていただけたら幸いです。

📷 展覧会の情景から

(文・写真:中村大地/リボリアンティークス)

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