ポスターの巨匠たち

Les Maîtres de l’Affiche|19世紀末、ポスターが芸術になった瞬間
19世紀末、パリの街角を彩った数々のポスターは、単なる広告媒体ではなく、芸術としての輝きを放ちはじめていました。
その頂点を象徴する版画集が、1895年から1900年にかけて発行された ≪ポスターの巨匠たち(Les Maîtres de l’Affiche)≫です。
ポスターを“保存する芸術”へと変えた、ジュール・シェレの構想
大型で紙質も弱く、当初は一時的な掲示物として扱われていたポスター。その保存は容易ではなく、収集の対象にもなりにくいものでした。
そんな中、ポスター芸術の開拓者ジュール・シェレは、街に貼られ消えてゆく名作たちを“記録し残す”という構想のもと、≪ポスターの巨匠たち≫を立ち上げました。フランス各地に溢れていたポスターの中から芸術性の高い作品を厳選し、愛蔵用の縮刷リトグラフとして再制作。それらを美しいカバーに収め、毎月定期的に販売するというスタイルで提供されたのです。
この試みは、ポスターを初めて“保存を前提とした芸術作品”として昇華させるものであり、当時の出版文化においても画期的な企画でした。
「メントレ版」「マイトレ版」と呼ばれる理由
≪ポスターの巨匠たち≫に収録された作品群は、単なる複製ではなく、当時に制作された正規のリトグラフ版として、美術市場でも高く評価されています。日本では「メントレ版(仏語読み)」や「マイトレ版(英語読み)」の名で知られ、特にミュシャ作品の出典として広く流通しています。
当時のリトグラフ制作は、画家ひとりの手で完結するものではなく、印刷所の職人との高度な共同作業によって成立していました。そのため、著作権や原版の権利は、画家ではなく出版社や印刷業者が持つことが一般的であり、現代の映画制作における制作委員会方式に近い構造です。
ジャポニスムと「ポスターの巨匠たち」
本シリーズは、表面的にはフランス美術の粋を集めたものですが、その背景にはジャポニスムの影響が色濃く見られます。
たとえば創刊号に収録されたロートレックの≪ディヴァン・ジャポネ≫は、当時のフランスにおける日本趣味への強い関心を象徴する選出でした。また、和紙に印刷された豪華版が制作されるなど、日本の浮世絵文化を意識した工芸的アプローチも随所に見られます。
さらに、「Les Maîtres de l’Affiche(ポスターの巨匠たち)」というタイトルそのものも、1890年にシェレが関わった「日本の巨匠展(Exposition des Maîtres Japonais)」からの影響が感じられるのです。
書籍ではない「芸術のポートフォリオ」
≪ポスターの巨匠たち≫は時に「書籍」と誤解されますが、当初は4枚1組のポートフォリオ(2つ折りカバー入り)として月ごとに販売されていました。1年間で48枚を発行し、さらに年間購読特典として特別版画も添えられました。
販売終了後、1年分を1冊に装丁した豪華本が制作されることもあり、こちらはポール・ベルトンによる装丁が施されるなど、高いコレクション性を誇っています。
現在市場で見られる多くの作品は、この装丁版からの切り出しです。むしろ、当時から装丁された作品は日焼けや破損が少なく、保存状態が良好なものが多いという特長もあります。
選ばれし“巨匠たち”の名簿
この版画集には、全97名の画家による256点の作品が収録されています。選出における厳しさは相当なものであり、掲載されること自体が“ポスターの巨匠”と認められた証でした。
代表的な画家は以下の通り:
- アルフォンス・ミュシャ(7点)
- アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(5点)
- テオフィル・スタンラン(6点)
- ベガースタッフ(6点)
- ウジェーヌ・グラッセ
- H.G.イベル
- リヴモン
- ジョルジュ・ド・フール など
彼らの作品は、パリの街角から世界へと広がるポスター文化を芸術の領域へと押し上げた、まさに先駆者たちの証です。
時代を越えて輝き続ける“紙の画廊”
≪ポスターの巨匠たち≫は、印刷芸術とモダンデザインの精髄を凝縮した宝箱のような存在です。
その一枚一枚に込められた色彩と線、構図と余白は、今なお私たちの感性に鮮やかに語りかけてきます。
リボリアンティークスでは、このシリーズに収録された数々の作品を正規のアンティーク版画として取り扱っております。
時代を超えた芸術の記録をご覧いただき、あなただけの“巨匠たち”に出会ってみてください。