まなざしの継承──プティパレ≪サラ・ベルナール≫展を訪れて

19世紀末パリ、その記憶に触れる旅。
2023年春、パリのプティパレ美術館で開催された《サラ・ベルナール展》。 その会場は、まさに1900年の万国博覧会に向けて建設されたベル・エポックの象徴ともいえる建築の中にあった。
会場に足を踏み入れた瞬間、空間そのものが19世紀末へと私たちを誘う。エッフェル塔が建ち、メトロが開通し、都市がかつてない華やかさに包まれていた時代。 その文化の中心に立ち、女優としてだけでなく芸術家、興行主、自らのイメージをプロデュースした”最初のスター”──それがサラ・ベルナールである。
サラ・ベルナールという存在

サラ・ベルナール(1844–1923)は、ジャン・コクトーが“聖なる怪物”と称したように、 舞台の上で生き、同時にその人生すべてを表現行為へと変えた人物だった。
展覧会ではラシーヌやシェイクスピア、ロスタンらの戯曲における代表的な役柄を、舞台衣装、ポスター、写真、絵画などによって辿る構成がとられていた。
彼女の「黄金の声」と称された美声、当時としては異例の長身と華奢な体躯、そしてメディアを巧みに操った自己演出は、まさに”20世紀的スター”の原型である。
プティパレに集う記憶
会場の中心に据えられていたのは、ジョルジュ・クレランが1876年に描いた≪サラ・ベルナールの肖像≫。 通常は常設展示されている作品だが、今回はまるでサラの私室に招かれたかのような特別な演出で展示されていた。
舞台で使用された衣装や小道具、親交のあった画家や作家たちの作品、ミュシャによるポスターなどが “舞台のサラ”と“芸術のサラ”を交差させるように展示されており、彼女の多面的な存在感が浮かび上がっていた。
とりわけ興味深かったのは、サラ自身が彫刻家・画家として創作活動をしていたという側面にも光が当てられていた点だ。 日本で開催された回顧展(2018年)でも注目されたが、今回の展示ではその芸術家としての歩みがより丁寧に紹介されていた。
最後に──時間を越える声
5年前、日本展の図録執筆に関わった経験もあって、 今回パリでふたたび彼女の軌跡を辿ることになったのは、まるでひとつの円環をなぞるような旅でもあった。
“男装の麗人”というイメージだけでは語りきれない、 演じ、描き、創り、生きた存在としてのサラ・ベルナール。
その多面性は、まるで時代そのものの複雑さを映す鏡のようでもあり、 いまなお新たなまなざしを呼び起こしてくれる。
(文・写真:中村大地/リボリアンティークス)
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芸術が街に宿った時代の記憶を、ページをめくりながら辿っていただけたら幸いです。
- ▶ 《サラ・ベルナール》|プティパレ 図録(2023年)
― 展示作品を網羅した公式カタログ。現地で選び抜いた一冊です。(品切れ) - ▶ ≪サラ・ベルナールの世界≫展|群馬県立近代美術館 他 図録 (2018年)
― サラ・ベルナールに焦点をあてた日本初の回顧展の公式カタログ。(品切れ)
📷 展覧会の情景から



