スタンランの「文字のない物語」──筑波大学講演記録

2026年3月22日、筑波大学 大学会館アートスペースにて開催された展覧会
「文字のない物語はどこからきたのか」関連セミナーとして、リボリアンティークス代表の中村大地が講演を行いました。
本講演では、19世紀末パリのキャバレー文化を背景に生まれた、スタンランの「文字のない物語」、すなわちサイレント漫画に焦点を当て、その成立と広がりについて考察しました。
講演概要
タイトル
スタンランの文字のない物語―ジャーナル・ル・シャノワールにおける役割とその広がり
日時
2026年3月22日14:00-16:00
会場
筑波大学 大学会館アートスペース
内容
スタンランのサイレント漫画を手がかりに、キャバレー・シャノワールの機関紙『ジャーナル・ル・シャノワール』における「文字のない物語」の成立と展開を読み解く。
講演要旨・レジュメ
本講演の要旨およびレジュメは、以下のPDFよりご覧いただけます。
当日の様子




当日は、研究者・学生の方々を中心に多くの方にご参加いただき、スタンランの作品やシャノワール文化について活発な質疑が交わされました。
「文字のない物語」とは何か
19世紀末のフランスにおいて、漫画やカリカチュアには通常、説明文や会話文が添えられていました。
しかしシャノワールの機関紙『ジャーナル・ル・シャノワール』では、あえて文字を排した漫画が描かれます。
それらは単なる省略ではなく、むしろ積極的に「語らない」ことで成立する物語でした。
スタンランの金魚を題材とした漫画では、猫や金魚の運命は最後まで描き切られません。
読者はコマの連続から状況を読み取りながら、物語の結末を自ら想像することになります。
ここでは物語の意味や教訓は一つに固定されず、読む者の中に開かれています。
シャノワールという場
このような表現は、シャノワールという特殊な文化環境の中で生まれました。
モンマルトルにあったキャバレー「ル・シャノワール」には、詩人や画家、音楽家が集まり、ナンセンスや風刺を楽しむ文化が形成されていました。
そこではフュミスムと呼ばれる、既存の価値観を笑い飛ばす精神が共有されていました。
同時に、パントマイムやスラップスティック・コメディといった、言葉に頼らない舞台芸術も親しまれていました。
サイレント漫画は、こうした身体表現による物語を紙面に移し替えたものと見ることができます。
物語の変化
同じ「猫と金魚」という主題でも、その表現のあり方は大きく異なります。
イギリスの詩人トマス・グレイの詩では、猫は溺れて死に、最後に明確な教訓が示されます。
一方、スタンランの漫画では結末は描かれず、意味は読者に委ねられます。
そしてこのモチーフは、夏目漱石の『吾輩は猫である』にも引き継がれ、猫は甕に落ちて死ぬという結末へと再び収束します。
ここには、
教訓の固定
→ モラルの解放
→ 結末の再固定
という、物語の構造の変化を見ることができます。
サイレント漫画の広がり
シャノワールでは、新聞に掲載されたサイレント漫画が、文学会で語られ、さらに影絵劇へと発展していきました。
漫画
→ 朗読
→ 舞台
という流れの中で、「文字のない物語」は紙面を超えた表現へと展開していきます。
スタンランの作品は、こうした文化の中で生まれた一つの形式であり、同時にそれらをつなぐ媒体でもありました。
おわりに
スタンランの猫は、ただ愛らしい存在として描かれているわけではありません。
その背後には、19世紀末パリの雑誌文化、舞台芸術、そしてキャバレー文化が交差する豊かな環境が存在しています。
「言葉のない物語」は、単に言葉が欠けているのではなく、
むしろ読む者に物語を委ねることで、新たな意味を生み出す表現でした。
本講演が、スタンランの作品をそのような視点から捉え直す一つの機会となれば幸いです。