アール・ヌーヴォーのポスターの蒐集 リトグラフとは

今回は「アール・ヌーヴォーのポスターの蒐集について」です。展覧会や画廊でアルフォンス・ミュシャやトゥールーズ・ロートレックの作品を見て、ご自身でも蒐集をしたくなった方も多いのではないでしょうか?しかし、自分で学ぼうにも専門書や入門書が少なく、誰に聞けばいいのか?どこで買えばいいのか?などもわからない状態だと思います。そこで、皆様が疑問に思うことを混ぜつつ蒐集の基礎知識をお教えいたします。

一般的に蒐集をするうえで皆様が一番気になる点は「はたしてその作品は本物なのか複製なのか」ではないかと思います、そこで質問も多い2つを説明していきます。

1:ポスターはロートレックやミュシャの原画の複製?

2:リトグラフとは?複製のこと?

の2つになります。特にこの2点は蒐集の上でも重要なことですので注意が必要です。

1:ポスターはロートレックやミュシャの原画の複製でしょうか

ポスターと聞くと、実際はロートレックやミュシャの油絵などの原画があり、それを一般用に配布や販売の目的をもって複製し、ポスターにした、と思われている方も多いかもしれませんがそれは大きな誤解です。この時代のアール・ヌーヴォーのポスターの大多数には原画というものは存在しません。皆様が美術館や展覧会などで展示され、ご覧になったロートレックやミュシャのポスターそれ自体がオリジナルの本物であり、オリジナルの本物は複数存在します。したがって1枚しかないということはありません。これはアール・ヌーヴォーが、大芸術や純粋芸術(彫刻・絵画・建築)に対抗して生まれた工芸品(ある程度量産される)の芸術から始まったことに由来しています。なので、人によっては絵画・彫刻はアール・ヌーヴォーの範疇に加えない場合もあります。しかし建築は外装の装飾や内装や家具などとの総合的な関係によりアール・ヌーヴォーの範疇に加えられています。

さて、なぜ原画が存在しないかというと、ロートレックやミュシャなどのポスター作品は、広告物もしくは一般家庭用の装飾物としてある程度の量を目的に製作されたもので、もともとが、ロートレックやミュシャの素晴らしい絵をポスターに複製して販売しようとしたわけではないからです。浮世絵をご存知の方は、浮世絵を想像していただければと思います。

しかし印刷物であるからには、どこかに画家の絵が存在しなければ作れないのでは?と思うことでしょう。たしかに印刷するには、印刷するための版、原版がなくては印刷できません。一般的に浮世絵などの木版画などは、画家の描いた作品を彫師が木の原版に彫ります。しかし、この時代のポスターはリトグラフと呼ばれる石版画の技法で製作されており、この技法により画家が原版に直接絵を描くことが可能になりました。そういう意味ではこの原版を原画ともいえますが、この原版には色もついていなければ背景のボカシなども描かれておらず、さらには左右反転しており完成された絵ではありません(モノクロの作品は除く)。

画家により石板に直接描かれた、ロートレックのムーラン・ルージュ・ラ・グーリュ(イメージ図)

まず上の図のように画家が石板絵を描き、そのバンに特殊な処理をすると、インクを弾くようになり印刷が可能になります。

その後画家の指導のもと色を付けていきます。色の付け方も印刷や手彩色があり、特にロートレックの作品の背景は印刷ではなく吹き付けなどの手作業で製作しているものが多いです。

したがって、色が全部塗られ作品が完成したものが、オリジナルの本物と言えます。この時代の印刷は現代のコピーとは違い陶芸や器などのような工芸品でした。しかも、原版の石は貴重であり再利用するものであったので、刷り終わると画家の絵は消され、次に新たな絵が描かれ利用されました。したがって原版も残っていないことが一般的です。

ロートレック「ムーラン・ルージュ」

全ての色が塗られ完成したムーラン・ルージュ・ラ・グーリュ

ポスターのオリジナルの本物とはこの画家が版石板に画を描きそれに色をつけ完成した作品を指します。一回の版で100から1000の間で摺られることが多いですが、初期のポスターは広告物として使用されたり、もともと保存用には作られていないので破棄された物も多く現存数はとても少なく、貴重になります。

したがってポスターには原画が存在せずその作品自体がオリジナルの本物ということになります。

ただし後世にこの絵をもとに他の画家が絵を描き、色を付けた複製も数多くあります、しかしこれは当時コピー機が普及していなかったこともあり、ただ単純に複製して複製として販売したものと、本物に見せかけて製作し本物として販売された物(ニセモノや贋作)がありますので注意が必要です。

2:リトグラフとは?複製のこと?

さてアール・ヌーヴォーのポスターには原画が存在しないことについて書いてきましたが、今回は「リトグラフについて」です。ミュシャやロートレックの作品図録や展覧会に行くと、大多数の作品の下に「リトグラフ」と書かれていると思います。

このリトグラフという言葉は日本ではあまりなじみのない言葉ですが、リトグラフとは石版を使い印刷された作品のことを指します。ちなみに日本が世界に誇る芸術「浮世絵」は木版画と呼ばれる、木版を使い印刷された作品になります。木版と石板のなにが違うのかというと、専門的には凸版か平版かの違いということになり、簡単にいうと木の板(版)に画家の絵をもとに彫刻刀で絵を彫りそこにインクを載せて印刷する(ハンコをイメージしていただくとわかりやすい)のが凸版の浮世絵で、一方リトグラフの平版は、石に画家が絵を描きその描いた部分にだけインクをつけて印刷します。

画家が石に直接絵を描きその描いた部分にだけインクをつけて印刷するというこのリトグラフ最大の特徴は、画家が描いた絵そのままを印刷できることです。この画期的な技術にロートレックは傾倒し、ただ絵を描くだけではなく吹き付けと呼ばれる新しいリトグラフの技法、新しい芸術の表現を生み出しました。

リトグラフができるまで

しかし、言うのは簡単ですが実際に描いた部分だけにインクを付けるというのはとても困難で、この技術は18世紀末に偶然生まれたと言われています。その後19世紀に入り様々な試行錯誤や、近代ポスターの父と呼ばれるジュール・シェレなどの功績によりリトグラフは多色で鮮やかになり飛躍的に進歩します。逆にミュシャなどはリトグラフが全盛になってから活躍した画家でもあるので、ロートレックやシェレなどは3色か4色が多いのに対し、ミュシャはさらに色数が増え、金や銀を使うなど豪華になっていきます。

油絵などの従来の絵画とは違う、リトグラフとよばれるこの絵画の表現は新しい芸術を模索していた若き芸術家たちに流行し、様々な傑作が生まれ、当時のフランスでもリトグラフだけの展覧会も多く開かれ芸術として認められていきました。

なので、リトグラフは複製か?という答えは、これは美術愛好家の方でも間違えている方が多いですがリトグラフは複製や原画からのコピーではなく、印刷の技法になります。もっとも複製やコピーもリトグラフの技法で製作されれば、リトグラフになるので本物の美術品を蒐集されたい方は注意が必要です。要するにリトグラフという言葉だけでは本物かニセモノかの区別はつきません。ここがアール・ヌーヴォーのポスターを蒐集する上での難しいポイントの一つだと思います。

難しいことを書いてきましたが、アール・ヌーヴォーのポスターはとても素晴らしく、現在の印刷技術では出せない風味や色合いなども楽しみの一つになります。

版画なので数があるとは言っても一枚一枚状態などが異なるので作品をよくご覧になることが必要です、あとはご自身の気に入ったお店や作品を探し、ぜひお店の人に作品について聞いてみてください、きっと皆さん丁寧に教えてくれるはずです。

>美術画廊「リボリアンティークス」

美術画廊「リボリアンティークス」

19世紀の絵画・版画・リトグラフなどアール・ヌーヴォーやアールデコの作品を多数扱っております、JR田町・都営三田駅徒歩4分、札ノ辻交差点角

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