ジュール・シェレ≪日本の巨匠展≫ 1890年

── ジャポニスムの頂点で咲いた、もうひとつの美人画

19世紀末のパリでは、“日本”という言葉が特別な響きを持っていました。
浮世絵や陶磁器、漆工芸、そして和綴じの書物や着物までもが、東洋の洗練された美として称賛され、美術界や文壇、知識層のあいだで「ジャポニスム」という一大ムーブメントを巻き起こしていました。
その熱気の中で開催されたのが、1890年の「日本の巨匠展(Exposition des Maîtres Japonais)」です。
この展覧会のために制作されたのが、ジュール・シェレによる一枚の美しいポスターでした。
画面には、巻物を手にした和装の女性。風に舞う衣が流麗な曲線を描いています。
一見すると、これはシェレ独自の装飾的想像画に見えるかもしれません。
しかし、よく見ると図の右には「一勇斎国芳」──つまり歌川国芳の落款が記されています。
この女性は、国芳が描いた浮世絵の美人画がもとになっているのです。
国芳の美人が、パリの街角に現れる
本ポスターに描かれている女性は、歌川国芳による武家風の美人画を原画としています。
足を見せながら裾をたなびかせ、巻物を手に進む姿は、国芳らしいドラマ性と構成美にあふれています。
1890年当時、国芳はすでに没後30年を経ていましたが、フランスではむしろ再発見の機運が高まっていました。
浮世絵の普及に尽力した画商ジークフリート・ビングが1888年から1890年にかけ発行した月刊美術誌『芸術の日本(Le Japon Artistique)』では、葛飾北斎、歌川広重、そして国芳の作品が数多く紹介され、ヨーロッパにおける浮世絵理解の基礎を築いていたのです。

このポスターは、まさにその中で制作されたものでした。
浮世絵そのものを図像として取り入れつつ、西洋のタイポグラフィと組み合わせて再構成された本作は、視覚文化としてのジャポニスムの完成形とも言えるでしょう。
展覧会の概要と協力者たち
この展覧会は、1890年4月25日から5月22日まで、パリ美術学校(École des Beaux-Arts)で開催されました。
主催はフランス語の普及を目的としたアリアンス・フランセーズで、日本の古典美術、とりわけ浮世絵や画本、掛け軸などを中心に展示されました。
ポスターには、展覧会に協力した著名人たちの名前が記載されています。
なかでも特筆すべきは、以下の人物たちです。
- ジークフリート・ビング(ジャポニスム推進の画商・雑誌編集者)
- エドモン・ド・ゴンクール(浮世絵の美術的価値を論じた批評家、著作に『北斎』『歌麿』など)
- ルイ・ゴンス(日本美術に関する文献を多数著した美術史家)
- ギメ美術館・装飾美術館など、フランスの主要な美術機関の関係者

これらの名前が並んでいることは、当時のジャポニスムがいかに学術的・文化的に重みを持つ潮流であったかを物語っています。
図像の魅力──「浮世絵 × フレンチポスター」の融合
ポスター全体の構図は、視線誘導と装飾性に優れたデザインとなっています。
中央の女性像から流れるように配置された巻物と衣文、その動線に沿って展覧会情報の文字列が置かれています。
左右には控えめな花模様が配され、浮世絵の余白や琳派の金地屏風を思わせる構成です。
色彩は、黒・赤・クリーム色の三色を中心に整えられており、遠目でも目を引く明快さがあります。
こうした構成と色彩は、ポスター芸術におけるアール・ヌーヴォー前夜の先駆的デザインとしても高く評価されています。
なお、女性のポーズや巻物の描写については、歌川国芳が手がけた別の作品《小倉擬百人一首 河原左大臣 文ひろげの狂女》にも類似した構図を見ることができます。

この作品では、狂気に近い恋慕の情にとらわれた女性が、長い巻物を手にし、足を踏み出しながら視線を横に流しています。
巻物の舞い方や裾のひるがえり、そして胸元に手を添えるしぐさは、1890年のポスターに登場する女性像とも非常に近しく、同様の構図的アイデアが国芳の中で繰り返し用いられていたことがわかります。
後日譚:1929年、藤田嗣治のポスターへ
このポスターからおよそ40年後の1929年、今度はジュ・ド・ポーム美術館で「日本美術展―現代の古典派」が開催されました。
その際のポスターを手がけたのは、日本人画家の藤田嗣治です。

藤田が描いたポスターには、紅絵風の女性と一匹の猫が登場します。
女三ノ宮と猫の場面を連想させる構図であるものの、1890年の本ポスターと不思議な共鳴を見せます。
和装女性、巻物、視線の動き、装飾的文字──それらは、39年前の国芳×シェレによるポスターの記憶を受け継ぐ、視覚のオマージュといえるかもしれません。
▶ 関連ページ:藤田嗣治《日本美術展―現代の古典派》(1929)を見る
所蔵作品データ
- 作品名:《日本の巨匠展(Exposition des Maîtres Japonais)》ポスター
- 制作年:1890年
- 画家:ジュール・シェレ(Jules Chéret)
- 元図像:歌川国芳による美人画(落款あり)
- 技法:カラーリトグラフ
- 会場:エコール・デ・ボザール(パリ美術学校)
- サイズ:約120×90cm
結びにかえて──ジャポニスム
本ポスターに使われた国芳の図像は、浮世絵としても極めて魅力的です。
表情、衣文の流れ、構図のバランスなど、単なる美人画にとどまらない視覚的な深みがあります。
19世紀にフランスで流行した≪ジャポニスム≫、リボリアンティークスでは、日本と西洋の芸術が交錯した版画芸術に焦点をあて取り扱っております。よろしければ他の記事もお読みいただければ幸いです。