「ポスターの巨匠たち Les Maitres de l’Affiche」とは
「ポスターの巨匠たち」は19世紀末のパリで人気のあったポスターの中から厳選された作品のみを集め収集家・愛好家向けに販売された版画集、1895年から1900年までに256枚の作品が選ばれ、その中にはミュシャやロートレックの作品も選ばれています。
告知を目的としたポスターはそもそも保存を目的としていないために大きさや素材の問題もあり収集には不向きでした。そこで当時すでにポスター芸術の第一人者であり「ポスターの父」とも呼ばれているジュール・シェレは19世紀末のフランスを中心に大量に製作されていたポスターの中から芸術的価値の高い作品を厳選し、収集家・愛好家向けに販売をしました。
そのため当時収集用に製作されていなかったポスターを最初に収集向けに制作した版画集のため歴史上最も権威があり影響力のある芸術出版物と言われ、一般的にこの「ポスターの巨匠たち」の作品は当時のオリジナルとして扱われます、ミュシャの作品などで「メントレ版(仏語読み)」もしくは「マイトレ版(英語読み)」と書かれている物はこの「ポスターの巨匠たち」に収録された作品のことになります。当時の著作権は現在とは少し異なり、画家よりも出版社に絵の権利がある場合が多く、このことはこの版画が製作されたリトグラフ(石版画)と呼ばれる技法に深く関係しています。ここでは詳細は省きますが簡潔にまとめると当時のリトグラフポスターは画家一人で製作することが出来ず、色や表現技法は印刷所の職人との共同作業になることなどからポスターの注文者や出版社・印刷所が権利をもっていました、今の映画の権利関係を想像していただくとわかりやすいかもしれません。
「ポスターの巨匠たち」の収録された画家は97人、作品は256点と当時のポスターの数から言えば相当少なくかなり厳選しているので、この版画集に取り上げられることは文字通り「ポスターの巨匠」の一人に選ばれる名誉なことでした。
そしてこの「ポスターの巨匠」ですが、この版画集はジャポニスムであり日本の影響を強く受けていると言えます。19世紀のフランスではジャポニスムが流行し浮世絵など版画を取集する文化が広がります、その流れを受けてか「ポスターの巨匠たち」も通常の版画だけではなく、和紙に印刷をするという豪華版も制作しました。また創刊号にはトゥールーズ・ロートレックの「ディヴァン・ジャポネ」をわざわざ選んでいます。そしてこの「ポスターの巨匠たちLes Maitres de l’Affiche」ですがこの名前も1890年にシェレがポスターを手掛けた「日本の巨匠展Exposition des Maitres Japonais」の影響があるのではないでしょうか。
また「ポスターの巨匠たち」は本と紹介される場合もありますが、本ではありません。当初は4枚1セットとして2つ折りのカバーに挟まれて販売されました。そして1年間販売された後に1年間に販売された絵48枚+購入特典の版画をまとめて一冊の本に装丁して販売しました。この装丁はポール・ベルトンが手掛けるなどとても豪華に仕上げさらに、数枚の新作版画を付けるなどコレクション要素が強まったためか現存するのは装丁版の方が多くなります。なおかつ2つ折りのカバーはほとんど現存していないため現在バラで販売されているものもほとんどが装丁版からになります。当時は版画を装丁して保存するというのは一般的で、装丁も出版社のオリジナルなのか個人のオリジナルかなど様々ですが収録されている版画はみな同じになります。むしろ、当時からバラで保管されていたよりも装丁されていた作品の方が色ヤケが少なく保存状態もよくきれいな作品が多いです。
「ポスターの巨匠たち」に選ばれた画家
アルフォンス・ミュシャ 7点 トゥールーズ・ロートレック5点 スタンラン 6点 ベガ―スタッフ 6点、グラッセ、イベル、リヴモン、ド・フールなど