≪レスタンプ・モデルヌ≫(現代版画)1897–1899年

芸術が家庭へと舞い降りた時代──
19世紀末、芸術の波が画廊やサロンの壁を越え、暮らしの中へと流れ込もうとしていました。そんな時代の息吹のなかで誕生したのが、シャンプノワ社による美術版画シリーズ≪レスタンプ・モデルヌ≫(L’Estampe Moderne/現代版画)です。
1897年から1899年にかけて、毎月4名の画家による新作リトグラフを収録し、美しい装丁のポートフォリオに納めて2000部限定で販売されました。全作品に解説が添えられ、芸術を愛する人々の手元に、定期便のように届けられたこのシリーズは、まさに“版画による芸術の民主化”と呼ぶべき試みでした。
≪レスタンプ・モデルヌ≫の表紙──ミュシャの華麗なる扉
この壮大な企画の幕開けを飾ったのは、当時すでに一世を風靡していたアルフォンス・ミュシャ。第1号のポートフォリオ表紙は、彼の手によってデザインされ、装飾的で幻想的な様式がシリーズ全体の美意識を象徴する存在となりました。
また、ミュシャは第2号に収録された≪サロメ≫によって本編にも参加。さらに第6号では、年間購読者への特典として≪まじない≫(通称≪サランボー≫)を提供しました。これらの作品は単なる挿絵にとどまらず、物語世界を視覚的に再創造した芸術作品として高く評価されています。


≪サロメ≫の詳細はこちらのページをご覧ください。
現代版画の夢の競演
≪レスタンプ・モデルヌ≫には、当時を代表する画家たちが数多く名を連ねています。
ジョルジュ・ド・フール、ウジェーヌ・グラッセ、テオフィル・スタンラン、レアンドル、アンリ・ムニエ、オーギュスト・ローデル、フェルナン・コルモン、さらには英国からエドワード・バーン=ジョーンズなど、多彩な顔ぶれが魅力のひとつです。
彼らの作品は、幻想、風俗、象徴、文学など、時代の精神を映し出す多様なテーマを扱っており、一冊ごとにまるで美術館の展示を巡るような愉しみがありました。
では、レスタンプ・モデルヌがどのようになっていたかを1898年の6月に発売された14号を例にとって説明していきます。
第14号をひもとく──芸術の小宇宙
1898年6月に刊行された第14号には、以下の4作品が収録されています:
- ジュール・ギュスターヴ・ベッソン作 ≪ペイ・ノワール≫
- アドルフ・ジラルドン作 ≪リュテス≫
- アンリ・ル・シダネル作 ≪ロンド≫
- テオフィル・スタンラン作 ≪バル・ド・バリエール≫(ダンスホール)
こうした構成は毎号共通で、さながら月替わりの美術展覧会のような構成美を持っていました。定期購読者には、年に2回特典作品が贈られ、その一例が第6号の≪まじない≫です。加えて、非購読者でも5フランで購入可能とするなど、当時としてはかなり開かれた販売スタイルが取られていました。


カバーを開くとこのようになっており、中には




の4名による各1枚ずつの新作版画が収録されました。
そして年間購読の特典として年2回1897年は6号と12号、1898年18号、24号に新作版画が付きました。


上の写真はレスタンプ・モデルヌ第6号の中に貼られた告知で、この号(第6号)に定期購読特典としてミュシャの作品「まじない≪L’Incantation≫」(サランボーのこと)が付くこと、また定期購読者でなくても5フランで「まじない」が買えることなどが書かれています。
≪まじない≫の解説はこちらのページをご覧ください。
彩られた余白──版画から葉書、そしてポスターへ
≪レスタンプ・モデルヌ≫の人気は、本誌のみにとどまりませんでした。特にミュシャの描いた表紙デザインは好評を博し、当時のシャンプノワ社はこれを絵葉書として彩色版で販売。1900年前後には、女性が羽根ペンを持つ図像として絵葉書化され、後に1905年のサラ・ベルナールのポスターにも応用されることとなります。
時を越え、かたちを変えて生き続けるイメージ──それはまさに、ミュシャ芸術の真骨頂であり、≪レスタンプ・モデルヌ≫という企画の果たした美的な遺産でもあります。


アルフォンス・ミュシャの世界を、いま再び
リボリアンティークスでは、≪レスタンプ・モデルヌ≫にまつわるミュシャの作品をはじめ、アール・ヌーヴォーを象徴する珠玉の版画作品を多数取り扱っております。ぜひオンラインショップをご覧いただき、時を超えてなお色褪せぬその魅力に触れてみてください。