東洲斎写楽「三代目市川高麗蔵の篠塚五郎貞綱による暫」

東洲斎写楽が描いた本作は、寛政6年(1794)11月1日、江戸・河原崎座で上演された歌舞伎「松貞婦女楠(まつはみさおおんなくすのき)」の一場面を題材にしています。
そのなかの「暫(しばらく)」の場に登場する武将、篠塚五郎貞綱を演じる三代目市川高麗蔵の姿を描いたものです。
暫とは──声を張り上げ、登場する英雄
「暫(しばらく)」は、荒事(あらごと)様式の代表格とされる歌舞伎の名場面で、勧善懲悪の物語において正義の味方が登場し、「しばらく!」と大音声で悪を制するという、視覚と聴覚のインパクトを兼ね備えた見せ場です。
写楽の描いたこの篠塚五郎も、まさにその登場の瞬間を描いています。
両脚を大きく開き、刀を振り上げ、眉を吊り上げた表情には、役者と人物、現実と物語が交錯する舞台のエネルギーが凝縮されています。
三代目市川高麗蔵──「鼻高幸四郎」の異名を持つ人気役者
この役を演じた三代目市川高麗蔵(のちの五代目松本幸四郎)は、当時の歌舞伎界でも屈指の人気を誇った立役俳優です。
高い鼻と凛とした風貌から、「鼻高幸四郎」とも称されました。
写楽の肖像においても、役者の個性が誇張され、理想化ではなく、ある種の「リアルな劇中の相貌」として描かれている点が注目されます。
このような写楽の手法は、同時代の浮世絵師たちと一線を画し、「役者を演じる人間」と「演目上の人物像」のあいだをえぐり出すような視線が特徴といえるでしょう。
演目「松貞婦女楠」と篠塚五郎
【あらすじ】
土岐蔵人頼貞と齋藤太郎左衛門の娘、早咲との密通がばれ、足利尊氏に首を打たれそうになるところ、篠塚五郎貞綱が「しばらく!」と言いながら現れ、二人を助ける。
「松貞婦女楠」は、**南北朝時代を舞台とする軍記物語『太平記』**に取材した作品で、新田義貞の忠臣たちが活躍する壮大な構成となっています。
篠塚五郎貞綱は、そのなかでも特に勇猛な武将として描かれており、実在の人物である**新田義貞の四天王のひとり、「篠塚伊賀守重廣」**がモデルとされています。
写楽が描いたこの場面では、武士としての威厳と舞台的誇張とが融合し、古典劇の英雄像としての再構築がなされています。
図像の見どころ
本図では、赤い袴の大胆な広がりと、上下左右に振られた体の動きが、画面の中にリズムを生み出しています。
刀を持ち上げる腕の角度、顔のねじれ、視線の力強さなど、わずか一枚で舞台の“間”を感じさせる構図は、写楽ならではの演出です。
衣装の細部にも注目すると、肩や裾に描かれた細かな紋様、刀の鍔(つば)まわりの緻密な装飾など、舞台衣装の美術的再現度も非常に高く、写楽が歌舞伎の現場に通い詰めていたことが伺えます。
所蔵作品データ
- 作品名:三代目市川高麗蔵の篠塚五郎貞綱
- 画家:東洲斎写楽
- 制作年:寛政6年(1794)11月
- 演目:「松貞婦女楠」四立目「暫」
- 上演劇場:河原崎座
- 役者:三代目市川高麗蔵(のちの五代目松本幸四郎)
- 技法:細判錦絵
- シリーズ:第3期寛政6年11月、河原崎座・都座・桐座に取材した役者絵
結びにかえて
東洲斎写楽のこの一枚は、単なる役者絵を超え、歌舞伎の熱気と人物の気迫とが画面上で火花を散らすような迫力を持っています。
舞台の記録であり、同時に「写楽のまなざしによる再構築」としての芸術的価値が際立つ作品です。
リボリアンティークスでは、こうした江戸の舞台文化を今に伝える浮世絵の数々を所蔵・公開し、古典の再発見を目指しています。
おまけ 一九が描いた「暫」

なお、この高麗蔵が演じた「暫」のイメージは、写楽の錦絵だけにとどまりません。
1796年に出版された十返舎一九の草双紙『初登山手習方帖』には、東洲斎写楽の落款が入った凧絵として「暫」の役者が描かれています。
この凧絵に登場する人物は、従来「市川蝦蔵の鎌倉権五郎かげ政」とされてきましたが、敵役のポーズが本作《松貞婦女楠》に登場する足利尊氏と一致すること、そして凧に記された落款が「東洲斎写楽」となっていることから、写楽による三代目市川高麗蔵の可能性も考えられると指摘されています。
また、同じ場面に描かれた達磨風の人物が、《松貞婦女楠》に登場する湯浅孫六入道に酷似している点も、高麗蔵説を裏付ける一要素となっています。
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