アンコエラン派(Les Arts Incohérents)

アンコエラン派とは

アンコエラン派は、1882年にパリの作家ジュール・レヴィJules Lévy(1857-1935)によって設立されたフランスの芸術運動。Les Arts Incohérentsはレ・ザール・ザンコエランと読み、「支離滅裂な芸術」を意味します。アート&クラフトやパリの有名な美術学校、国立装飾美術学校などに代表される装飾芸術に対抗して作られ、非合理的で無秩序な作品を好み、ナンセンスやユーモアなスケッチ、工芸品、子供の絵、絵画の教育を受けていない人々が描いた作品などを発表しました。レヴィは1878年にジャーナリストや詩人でもあるエミール・グドー(1849~1906)が結成し、ユーモア雑誌「イドロパット」(水治療法)を発行した文学者集団レ・ジドロパット(水治療法派)のメンバーでした。イドロパットとはフランス語で水治療法のことを指しますが、グドーは「酒を愛し水を毛嫌いする」精神と皮肉をこめ、水治療法派と名付けました。

アンコエラン派の招待状
アンコエラン派の招待状

図1(1882年10月のアンコエラン派の展覧会の招待状、絵の作者はアンリ・ブーテ)

しかし、このレ・ジドロパットは1880年に解散しレヴィやグドーなど大半のメンバーはキャバレー「シャ・ノワール」のメンバーになります。

アンコエラン派を有名にしたのは、1882年10月の展覧会です。展覧会の会場はアントワーヌ・ デュボア通りにあったジュール・レヴィのアパートで行われ(図1参照)シャ・ノワールの新聞にも掲載されたこの展覧会にはエドゥアール・マネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、カミーユ・ピサロ、リヒャルト・ワーグナーを始め2000人以上の観客が集まり大盛況となり、その後翌年の1883年から1893年まで不定期にパリや郊外などでアンコエラン派の展覧会が行われます。

しかし1890年代に入り、パリがベルエポックと呼ばれるアール・ヌーヴォー全盛の時代になるにつれて徐々に衰退し1896年を最後にレヴィはアンコエラン派を諦めます。翌年1897年にはキャバレー「シャ・ノワール」も閉店し、モンマルトルの文化の中心はムーラン・ルージュなどに移っていきました。

アンコエラン派の活動時期は短い間でしたが与えた影響は大きく、ジュール・シェレの1884年のアンコラン派の展覧会のポスターはジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」や「不可能を通る旅」(図2・3・4参照)に、サペックの描いた「パイプを咥えるモナリザ」で30年後にマルセル・デュシャンの描いた「L.H.O.O.Q.」(エラ・ショ・オ・キュー)髭が描かれたモナリザに影響を与えています。アンコエラン派に所属していた主な画家や作家は、カトゥーン・アニメの創始者エミール・コールやアンリ・ピル、アルフォンス・アレーなどが上げられます。

アンコエラン派の展覧会のカタログ
アンコエラン派の展覧会のカタログ

1886年に開催されたアンコエラン派の展覧会のカタログ、月に向かって飛び込んでいる人物はアンコエラン派の創始者ジュール・レヴィ、絵の作者はジュール・シェレ)

(図3・4) ジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」と「不可能を通る旅」

(図5) 1889年のアンコエラン派の展覧会のポスター、絵の作者はジュール・シェレ、このシェレの描くクラウンの頭のモチーフはジョルジュ・スーラなど他の画家に影響を与えます。

デシャンとアンコエラン

デシャンと言えば、前衛的な近代芸術のイメージが強い画家ですが、前衛芸術は19世紀末のフランスで早くも始まっています。そのデシャンにも多大な影響を与えたと言われているのが、アンコエラン派と呼ばれる当時の前衛芸術集団でした。しかし当時はアール・ヌーヴォー全盛の時代でありそれ程人気が出ませんでしたがその後の前衛芸術には多大な影響を与えています。

例えば、デシャンの有名なモナリザのパロディー「L.H.O.O.Q」(エル・エイチ・オー・オー・キュー)

この作品は市販のモナリザのポストカードに髭を書いた、教科書の落書きのような作品ですが、実はこのような有名絵画への企みは30年ほど前にアンコエラン派のサペックが1887年に発表した「パイプを咥えるモナリザ」に見ることができ、デシャンもこの影響を受けたと言われています。

アンコエラン派はこのような落書きやナンセンスな作品を好み、

有名な作品のパロディーとしてモナリザと並ぶルーブルの代表作「ミロのヴィーナス」も

アンコエラン派「ミロのビアーナスの夫」
アンコエラン派「ミロのビアーナスの夫」

「ミロのビーナスの夫」として発表したりしています。またこのような教科書の落書きのような物だけでなく

アルフォンス・アレの作品では一面を白に塗り「雪の日に白い服を着た少女たち」など(厳密な題は「雪の日の白い少女たちの初聖体」初聖体はキリスト教の儀式で、他にも一面真っ赤にして枢機卿(赤い服を着ている)のトマト収穫や青一色などがあります。)

など、絵画の教養や知識を必要としない人でも楽しめる作品を目指し,同じくアンコエラン派のエミール・コールはカトゥーン・アニメ(皆さんが思い浮かべるアニメの事です)を初めて作り「アニメの創案者」とも言われています。

>美術画廊「リボリアンティークス」

美術画廊「リボリアンティークス」

19世紀の絵画・版画・リトグラフなどアール・ヌーヴォーやアールデコの作品を多数扱っております、JR田町・都営三田駅徒歩4分、札ノ辻交差点角

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